プロフィール2024年01月02日


toko10と書いてとこてんblog

開設:2024年1月2日
ハンドル:toko10-kuh
1951年(昭26)生まれ
北海道釧路市在住
2023年3月定年で年金生活

日々のこと
固定焦点カメラ(時に『トイカメラ』に分類される)
オリンパス PEN EE-3
instax mini Evo
instax Pal
Apple Music/ラジオ
野営

心太と書いてところてんblog
https://j-session.way-nifty.com/

思いついてACアダプターの整理2024年01月02日

ACアダプター15~16個はある
ニューイヤー駅伝を見ながらデジカメのACアダプターを整理した。メーンに使っているのは10年以上も変わらずRICOH CX2だが、時々使うもの、もう何年も使ったことがないもの、合わせると15~16台のデジカメがある。そのACアダプターにテプラでカメラ名を記した。これで、充電する時に取っかえ引っかえすることがなくなった。

そうしたら、NIKON D7100の予備バッテリーが見あたらない。防湿庫、バッグ、パーカーのポケットを探したがない。どこにやったかな~と思っていたが、バッテリーパックに装着したままだった。

ニューイヤー駅伝を見て、録音したラジオ番組を聴いていたらスマホに地震速報が表示された。最初は、震度5強だっが、その後、最大震度7になった。すぐテレビを見て、深夜までテレビから離れられなかった。

続いてコンパクトカメラの整理2024年01月04日

一昨日は、デジカメのACアダプターを整理した。今日は、コンパクトフィルムカメラの整理をした。一眼レフとデジカメは防湿庫に一応は整理した状態で保管してある。コンパクトフィルムカメラは、7個のドライケースに雑然と入れていたので、これを整理した。そうしたら、5個に収まった。これいつ買った?というのが2台あったというオマケもついた。

この際、リストも作成した。

コンパクトフィルムカメラ
minolta repo
minolta Minoltina-S
minolta HI-MATIC F
MINOLTA AF-S QD
YASHICA ELECTRO35 CCN
YASHICA Snap
YASHICA MF-2 suoer
OLYMPUS EE-3
OLYMPUS μ METAL
OLYMPUS XA2
Konica 現場監督DD
PETRI Color35
Canon demi EE17

固定焦点カメラ(時に『トイカメラ』に分類される)
YASHICA Snapshot Art Camera MF-1
YASHICA MF-1(ヤシカ坊や)
Kodak EKTAR H35 HALF FRAME
Kodak Film Camera i60
蔵 CURA Reto Ultra wide and slim

レンズ付きフィルム
写ルンです
写ルンです(クラッセ風カバー)
Kodak FUN SAVER
Kodak FUN SAVER 27+12

チェキ
FUJIFILM instax mini Evo

70歳になったら半人前扱い2024年01月06日

妻が郵便局に同行してほしいという。投資信託の手続きに同居人の同席が必要らしい。それは、70歳以上だからとのこと。そういえば、北洋銀行のATMから振り込みをしようと思ったら、窓口での手続きが必要だったことがある。70歳以上で一定期間ATMでの振込がないと窓口での対面聴き取りが必須だと説明された。何百万とかじゃないよ、と抵抗したが「お客さまのため」だと言われた。


それでもって、投資信託の説明は、きっちり2時間かかった。さらに、同席したのが60歳未満の同居人でないので、日を改めての申し込みが必要ということになった。『♪ よ~く考えよう お金はだいじだよ』のCMが浮かんだ。

「七十にして矩をこえず」といわれたが、今は七十になったら半人前扱いだ。一人での判断は危ないらしい。それだけ特殊詐欺の被害者が高齢者に集中しているからだろう。こういうのを余計なお世話だと嘆いていられるか、ありがたいと思う時が来るのか、できればずっと前者でありたい。

勘違いの頂点2024年01月11日

上の画像を撮ったのは1980年代後半だと思う。カーラジオで「卒業」特集が流れていたのを憶えている。この頃、尾崎豊、斉藤由貴、菊池桃子の同名タイトル曲がリリースされていると思う。バックの山は斜里岳、鉄道は釧網線だけど撮り鉄ではなかった。

この時期は、勘違いの頂点だった頃だ。どちらかというと、それから冷めた後のほうが写真やカメラを愉しめているように思う。

なんとなく後ろめたい2024年01月12日

KIEV 4a
KIEVはかってはキエフと呼んだけど今はキーウになった。旧ソ連のウクライナ キエフで製造されたカメラということになっている。その辺りのことは詳しくない。

このカメラは、同僚の友人に購入を依頼したものだ。今のようにカメラの通販が手軽でなかった頃、その同僚の友人は、東京から釧路に来る時に持ってきてくれた。今、このカメラを持ち歩くのはちと後ろめたい。

根無し草には花が咲かぬ←なんだよねぇ2024年01月14日

還暦を経て古希になり、からっぽやみ(面倒くさがり)の性格に磨きがかかっている。時間はたっぷりあるのだから何事もじっくりかかれば良いのだが、性分だからしようがない、と開き直っている。

カメラはアナログ回帰して、レンジファインダー機のマニュアル操作で悦に入っていたのだが、それも面倒になり、シャッター押すだけのオリンパス PEN EE-3や固定焦点カメラ(時に『トイカメラ』に分類される)を主にしている。フィルムも30本調達した。



といっても、現像したのはオリンパス PEN EE-3で2本、蔵 CURA セレクション Reto Ultra wide and slimで1本の3本だけだ。
上の画像は、昨年9月に白金野営場(美瑛町)で撮った(オリンパス PEN EE-3)もので、それ以後、カメラは防湿庫で眠っている。

そんなこんなの中、また、レンジファインダー機がほしくなった。Kiev II、ヤシカ35(エレクトロに非ず)、キヤノン V型シリーズなんかを物色している。それにしても、レンジファインダー機の高騰が気になる。年々稀少になっていくから?円安で仕入れが上がった?まさかブーム?

何れにしても、すべてがとっくに落ち着いていい歳なのだから、自分の愛用品を定めたいと思っている。根なし草老人では寂しい。

L39マウントカメラで決まりだな2024年01月16日

防湿庫から溢れた雑多ドライケースからCANON 135mm F3.5が出てきた。L39スクリューマウントだ。防湿庫には同マウントのVoigtländer COLOR-SKOPAR 28mm F3.5とVoigtländer APO-LANTHAR 90mm F3.5があることは記憶にあったが、CANON 135mmはいつ買ったのか、どのカメラで用いたのが思い出せない。

こうなるとレンジファインダー機の選択はL39マウントがいい。バルナック型は持っているので、一昨日書いた中のキヤノン V型シリーズがいいかな?キヤノン Pも良さそうだ。

ようやく二つ目だけど、これで充分。2024年01月18日

ガラケー時代、ドコモショップで機種変更すると、値引き条件に翌日解約できるオプション契約というのがあった。何だ?ショップの実績作りだけか?と、それが嫌でiPhoneにしてからは、専らドコモのオンラインストアを利用していた。
そうしたら、非常勤仲間から、今どき、そんなオプション契約で値引きなんてないよ、それよりdカードをゴールドに切り替えたほうが得するよ、と指南を受けて、ドコモショップでカードをゴールドにして、新たにd払いを始めた。
非常勤仲間からは、キャッシュレスは、d払いに固定せず、あれこれ考えないでアプリを入れればいい、各々にキャンペーンがあるから、その度に得するのを決済に用いればいい、と言われた。ちょうど、PayPayがキャンペーンを派手にテレビcmでアピールしている時だった。それで買ったのが上の画像の本だ。
でも、d払いだけでいいや、となってそのままだった。それが、思い立って先日、PayPayの手続きをした。大々的なキャンペーンが終わってからの入会になった。そして、案の定躓いた。何がというと、PayPayアプリとPayPayカード、PayPay銀行は別組織であって、これを連携するには各々に手続きが必要なことがイメージと異なった。
それでも、なんとか指南役なしで使えるようになった。これで、ネットは勿論のこと、自分の行動範囲からすると総てのリアル店舗でもスマホのキャッシュレスで決済が出来るようになった。ようやく二つ目だけど、三つ目、四つ目にいく気はない。二つで充分だ。

雪だるまの顛末2024年01月20日

釧路の小学校は17日(水)が3学期の始業式だった。その前々日、近くの公園で雪だるま作りをする子供たちの姿があった。翌朝見たら完成したのは2体で3体目の上半身は未完成だった。それがこの画像。
その日(16日)は冬休み最終日なので、急ぎ3体目も完成させるのか、それとも宿題に追われて、手つかずのままになるのか、と思っていたが、それから1週間、雪だるまは2体半のままだった。
3学期になって始めての休日の今日、公園を覗いたら雪だるまの上半身がなくなっていた。暖気で融ける時期ではないので、意図的なものだろう。作った子たちによるものなのか、別の子たちなのかはわからない。どっちにしても子供たちにとってはたわいもないことだ。自分が子どもの頃にも同じようなことがあった気がする。作るのも遊び、壊すのも遊びだ。というのが久々に目にした雪だるまの顛末だ。