柿ピーを考案したのはうちの母親だ!2025年02月20日

その昔、スナックのお通しに柿ピーが出ると、「これを考案したのは、うちの母親だ。亀田製菓が発売する前から、うちではおやつに出てた」と主張する先輩がいた。

柿の種にピーナッツを混ぜるのは、どこの家でもやっていて、それを亀田製菓が「ピーナッツ入り柿の種」として発売しただけのことなのだけど、その先輩は酔うと必ず「これを考案したのは・・・」と叫ぶように云っていた。

今日の春採湖2024年03月18日

今日の春採湖
どうやら今春も"彼岸荒れ(春の暴風雪)"はご勘弁願えそうだ。以前は約束ごとのようにやってきたが、近年は温暖化の影響なのか襲来することがなくなった。温暖化云々は別にして、湿って重い雪と格闘せずに済むことはありがたい。

今日は春を感じに春採湖(北海道釧路市)を見下ろせる丘にいってみたが、予想に反して湖面は凍結したままだった。といっても氷は薄いと思う。今どきこの上を歩く人はいないと思うが、もしそんなことをしたら一歩と進めないだろう。
釧路市春採湖
60年以上前のことだが、この湖は冬季はスケートリンクになった。この画像の中央は旧柏木小学校で、体育の授業はスケートだった。画像の奥には工業高校アイスホッケー部のリンクがあった。こっちのリンクからあっちのリンクまで縦断することは禁じられていたが、厳寒期には決まりを破る者が少なくなかった。もっとも、さすがに体育の授業ではそれはなかった。ひたすらに周回するだけだった。トップの丸い画像は1ヶ月前に同じ場所から撮った。

電話もできるケータイ2024年03月04日

EXILIMUケータイ
↑ 上の2枚の画像は、2009年(H211)1月の画像フォルダにあったもの。日付けは1月29日なっている。これは当時の同僚が購入したカシオのカメラブランド「EXILIM」を前面に出した携帯電話だ。確か「EXILIMケータイ」と謳っていたと思う。形状はその後のスマホを思わせるものになっている。「電話もできるケータイ」といった感じだった。
カシオはデジカメ黎明期は主流のメーカーだった。自分は2003年(H15)に札幌のヨドバシカメラでEX-S20(上の画像の左下)を購入したことがあった。小さくてカチッとした作りが気に入ったのだが、カシオを使ったのはこれ1台だけだった。超広角(35mm換算)19mmレンズを搭載したEX-ZR4000はほしいと思ったが入手には至らなかった。

そのカシオも5~6年前にデジカメ事業かから撤退している。自らが将来イメージを打ち出したスマホが写真を撮るデバイスの中心になったことが要因だったのではないだろうか。

フォルダの整理をしていたらジャス初アルバムの画像があった2024年02月24日

自分がジャズを聴くようになったのは90年代初めで、40歳になって間もなくだった。きっかけは、なんとなく手にしたジャズ専門誌だった。カメラ雑誌の横にあったので、文字どおりなんとなく、だった。その中の記事に「女性初心者にお薦めアルバム」があった。それは、ケニー・ドリューの欧州三部作(上の画像)だった。「パリ北駅着印象」「欧州紀行」「旅の終わりに」の3枚だ。

女性向けというのは気になったが、その足でCDショップにいって購入した。紙ジャケットで洒落れたイラストもよかった。以後、ジャンルもアーティストも系統立てたものがなく今日に至っている。ダイアナ・クラール、ハリー・アレン、ブラッド・メルドー、サイラス・チェスナット、ビル・エヴァンス、エディ・ヒギンズ、ジャシンタ、メロディー・ガルドー・・・。Apple Musicになってからは目につくものすべて、といった感じだ。

聴き方としては自室完結だ。ジャズ喫茶やライブにはいかない。間違ってもジャズ談義には参加しない。というか出来ない。オーディオもジャズを聴き始めた時は、子ども中心の生活だったので、メーンのコンポは押し入れで眠っていた(場所をとる)し、やがて、高校生になった従兄弟に使ってもらうことになって手放した。なので、小さなシステムステレオを長く使って、今は卓上(デスクトップ)オーディオになっている。

ちなみに、カントリーは若い頃から聴いている。テイラー・スウィフトもCDを買ったが、今のような存在になるとは思わなかった。これは、ミーハーな話になるが、顔も名前も知らなかった山口百恵がラジオの公開番組(百貨店の屋上で小鳩くるみの司会で定期的に開催されていた)で南沙織の"前座"で歌ったのを聴いた記憶とリンクする。まさかあの人が・・・といった感覚だ。

拓郎さんのレコードに入っていた東芝EMI発売リスト2024年02月16日

1974年東芝EMI発売リスト
上の画像は、拓郎さんのレコード「今はまだ人生を語らず」に入っていた東芝EMIの発売リストだ。(クリックで拡大表示)「今はまだ・・」は1974年(昭49)12月発売と同時に石丸電気3号館で買ったものだ。自分の職場が秋葉原(外神田3丁目)だったのでレコードといえば専ら同館だった。それで、このレコードは拓郎さんの個人レーベルである「ODYSSEY」なのだが、元はCBSソニーだから東芝EMIのリストが入っているのは?マークが付く。おそらく、石丸電気が入れたものだと思う。当時はそういうのが普通だったのかもしれないが、その辺りの記憶はない。

それはそれとして、このリストがなかなかいい。グラシェラ・スサーナ、リリィ、荒井由実、浅川マキ、チューリップ、赤い鳥、アリス、谷村新司、サディスティック・ミカ・バンド、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド、トワ・エ・モワ、ザ・フォーク・クルセダーズ、甲斐バンド、北山修と40枚のアルバムのジャケットが並んでいる。当然ながらリアルタイムで聴いていたが、実際に買ったのは、リリィの「タエコ」と荒井由実の「ひこうき雲」だけだ。それにしても懐かしい。70年代はよかった。
上の画像は、拓郎さんの前述のレコードと収録曲の「『ペニーレインでバーボン』問題」をクリアして昨年の12月に発売されたCDだ。この間に件(くだん)の曲を除外した「今はまだ人生を語らず -1(マイナス1)」がリリースされているので、このCDは「完全復刻盤」ということになる。拓郎さんの「オールナイトニッポンGOLD」で、例の歌詞の問題がクリアした、近々、コンプリート盤が再発売される、と語っていたのだが、実際に発売になるまで結構な時間を要した。拓郎さんは"引退"したが、その後もラジオの出演はあったし、その番組では何か新たな企画もあるようなことを言っていた。これからも愉しみは続く。

FMチューナー2024年02月10日

上の画像は50年前に調達したDENON TU-500だ。当時は「デンオン」といった。その後、海外の発音に合わせて「デノン」になったようだ。だけど、NIKONは海外で「ナイコン」と呼ばれても「ニコン」のままだ。「デノン」は馴染めない。

それはそれとして、当時、秋葉原でFMチューナー選びの時にもっともらしく言われていたことがある。それは、チューニングつまみをシュッと回して、ダイヤルスケールのどこまで滑らかにスーッと進むか、ということだった。

これがホントに意味があることだったのかは定かでないが、電器店ではこの光景をよく目にした。その後、チューナーはデジタル表示になって、今はコンポから姿を消した。価格COM→オーディオ(ホーム)→その他オーディオ機器→FM・AMチューナーに僅か1機種(MCINTOSH MR89 ¥935,000)が掲載されているだけだ。

コンポ以前、アンプ類とチューナーを一体化したレシーバーが存在した。まさか、そこに戻ったわけではないだろう。音楽配信がチューナー不要という環境にしたのだろうか?

使わないけど捨てられない2024年02月02日

IBM モデムセーバー
ノートパソコン持って出張先でメールの送受信、そんなのを自分がやると思ってなかったが、時代がそうなったので、おっかなびっくり、こわごわ、おそるおそる機器の操作をしていた。

音響カプラからモデムになった時、そんな自分の心強い味方になったのが、上の画像のIBMモデムセーバーだ。こういうのに詳しい同僚の「過電流でぶっ壊れるぞ」という恐ろしい忠告を安心に変えてくれた優れものだ。実際、これで警告ランプが点灯したことはなかったが、常に持ち歩く必須アイテムだった。とっくにお役御免になったのだが、手放すことができない。

雪だるまの顛末2024年01月20日

釧路の小学校は17日(水)が3学期の始業式だった。その前々日、近くの公園で雪だるま作りをする子供たちの姿があった。翌朝見たら完成したのは2体で3体目の上半身は未完成だった。それがこの画像。
その日(16日)は冬休み最終日なので、急ぎ3体目も完成させるのか、それとも宿題に追われて、手つかずのままになるのか、と思っていたが、それから1週間、雪だるまは2体半のままだった。
3学期になって始めての休日の今日、公園を覗いたら雪だるまの上半身がなくなっていた。暖気で融ける時期ではないので、意図的なものだろう。作った子たちによるものなのか、別の子たちなのかはわからない。どっちにしても子供たちにとってはたわいもないことだ。自分が子どもの頃にも同じようなことがあった気がする。作るのも遊び、壊すのも遊びだ。というのが久々に目にした雪だるまの顛末だ。 

ようやく二つ目だけど、これで充分。2024年01月18日

ガラケー時代、ドコモショップで機種変更すると、値引き条件に翌日解約できるオプション契約というのがあった。何だ?ショップの実績作りだけか?と、それが嫌でiPhoneにしてからは、専らドコモのオンラインストアを利用していた。
そうしたら、非常勤仲間から、今どき、そんなオプション契約で値引きなんてないよ、それよりdカードをゴールドに切り替えたほうが得するよ、と指南を受けて、ドコモショップでカードをゴールドにして、新たにd払いを始めた。
非常勤仲間からは、キャッシュレスは、d払いに固定せず、あれこれ考えないでアプリを入れればいい、各々にキャンペーンがあるから、その度に得するのを決済に用いればいい、と言われた。ちょうど、PayPayがキャンペーンを派手にテレビcmでアピールしている時だった。それで買ったのが上の画像の本だ。
でも、d払いだけでいいや、となってそのままだった。それが、思い立って先日、PayPayの手続きをした。大々的なキャンペーンが終わってからの入会になった。そして、案の定躓いた。何がというと、PayPayアプリとPayPayカード、PayPay銀行は別組織であって、これを連携するには各々に手続きが必要なことがイメージと異なった。
それでも、なんとか指南役なしで使えるようになった。これで、ネットは勿論のこと、自分の行動範囲からすると総てのリアル店舗でもスマホのキャッシュレスで決済が出来るようになった。ようやく二つ目だけど、三つ目、四つ目にいく気はない。二つで充分だ。

70歳になったら半人前扱い2024年01月06日

妻が郵便局に同行してほしいという。投資信託の手続きに同居人の同席が必要らしい。それは、70歳以上だからとのこと。そういえば、北洋銀行のATMから振り込みをしようと思ったら、窓口での手続きが必要だったことがある。70歳以上で一定期間ATMでの振込がないと窓口での対面聴き取りが必須だと説明された。何百万とかじゃないよ、と抵抗したが「お客さまのため」だと言われた。


それでもって、投資信託の説明は、きっちり2時間かかった。さらに、同席したのが60歳未満の同居人でないので、日を改めての申し込みが必要ということになった。『♪ よ~く考えよう お金はだいじだよ』のCMが浮かんだ。

「七十にして矩をこえず」といわれたが、今は七十になったら半人前扱いだ。一人での判断は危ないらしい。それだけ特殊詐欺の被害者が高齢者に集中しているからだろう。こういうのを余計なお世話だと嘆いていられるか、ありがたいと思う時が来るのか、できればずっと前者でありたい。